た行

 

たがや

江戸の夏の夜の風物を色濃く伝え、また同時に、当時の町人の気質の一端をのぞくことのできる噺です。
両国の川開き、花火の当日。見物人でごったがえす橋の上。徒歩(かち)の供侍二人、中間に槍を持たせた侍が馬に乗ってさしかかる。反対側から人に押され押されてやって来た箍屋(たがや)と、ちょうど橋のまん中で出くわした。はずみで落とした道具箱に入っていた箍が伸びて、馬上の侍の裏金の一文字という陣笠を跳ね上げてしまった!「無礼者ッ」
さあて、箍屋がいくら謝っても許してもらえそうにない。そこで威勢のいい啖呵を切りまくる。それではひとつ 飯島友治編『古典落語』第三巻 筑摩書房版の速記からご紹介。
「いらねえやいッ、丸太ん棒ッ」
「なんだ?丸太ん棒とは」
「血も涙も無え眼も鼻も口も無え、のッぺらぼうな野郎だから丸太ん棒てんだ、この四六(しろく)の裏めッ」
「時々わからんことを申すな。なんだ?その四六の裏というのは」
三一てんだ、たまにゃァな、賽(さい)ころでもひっくりけえして…目ェ覚えとけ」
「無礼なことを申すと、手は見せんぞ」
「見せねえ手ならしまっとけ、そんな手ェ見たかあねえや」
大小が怖くないか」
「大小が怖かった日にゃァ柱暦の下ァ通れねえ、侍が怖かった日にゃァ忠臣蔵の芝居は見られねえや、なに言ってやがる馬鹿ッ」
「二本差しているのがわからんかと申すのだ」
「知ってらい、たった二本じゃァねえか。焼豆腐だって二本差してるじゃァねえか、気のきいた鰻は四本も五本も差してらあ、そんな鰻ォ汝等(うぬらァ)食ったことァあるめえ……俺も久しく食わねえけども……。斬る?どこからでも斬ってくれ、さあ首から斬るか、腕から斬るか、尻(けつ)から斬るか、斬って赤くなけれァ銭はもらわねえ西瓜(すいか)野郎てんだ、斬れッ」

馬上の侍から「斬り捨てえッ」と声がかかったからたまらない、箍屋の運命やいかに…まあ、このへんが聞きどころ、聞かせどころとなるわけですが、なかなかに難しい。後半の野次馬の無責任さも一興です。CDならNHK落語名人選15三代目桂三木助(他に三井の大黒を収録)POCN-1015ほかでお楽しみください。

両国の川開き:

旧暦五月二十八日。花火のほめ言葉は、江戸の二大花火屋であった玉屋と鍵屋の二店の名を呼ぶことから始まった。ただ、一般には「たァまやァァ」のほうが馴染深いけれども、玉屋は天保十四(1843)年五月、将軍家慶が日光の家康廟へ参拝の折、自家火を出したために、江戸追放に処せられ、店名は断絶してしまった。それにもかかわらず、明治になっても、玉屋のほめ声がかかり、花火と言えば、玉屋のほめ言葉しか思い出されない。
「橋のうえ玉屋玉屋の人の声 なぜか鍵屋と言わぬ情なし」(鍵屋の錠に情をかけている)

ちゅうげん
中間:

江戸時代、武士に仕えて雑務に召し使われた男

たんか
啖呵:

しゃくにさわった相手などに言う、するどくて歯切れのいいことば。

さんぴん
三一:

三一侍(さんぴんざむらい)。
1年間の扶持(ふち=武家の主人が家臣に対してあたえた給与)三両一分であったところから、身分の低い武士を卑しんで言う語。

手は見せん:

刀を抜く手も見せずに即座に斬ること。


大小:

大小の刀。打刀(うちがたな)と脇差の小刀(ちいさがたな)。

はしらごよみ
柱暦:

柱や壁などに張ったり掛けたりしておく暦。暦には大小の月が書いてある。「西向く侍、小の月」と覚えたもんです。に(二)し(四)む(六)く(九)さむらい(士が十一に見える)てなわけで。

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たぬき

落語には、個性的な登場人物ばかりでなく、動物も出てまいります。
狐狸妖怪 (こりようかい)などと四字熟語的に「人を化かすもの」としてあげられますが、 「キツネ、タヌキがよく人を化かすなんてことを言います…」と語り出す落語の代表的な登場人物?である狸のおはなし。

命を助けてもらった子狸が、恩返しをする で、民話などにもよくある型。「義理がてぇこと言ってやがんなぁ。恩なんざぁいいよ、返さなくったって」と言う八五郎に対して「いやぁ、このまま帰れません。うちの親父(おやじ)は 昔気質一刻者ですから、『恩を受けて恩を返さない奴があるか、そいじゃまるで人間も同様じゃないか』と、えらいことになりますから…」と 辛辣なところも。
かくして、恩人に頼まれて「札」に「鯉」に「釜」に「サイコロ」に化けてと、四種類の失敗談となっていくのですが、「札」と「釜」は 前座噺、「鯉」は 二つ目噺、「狸賽(たぬさい)」は 真打の噺とされていたそうな。
そして、狸の演出法に「狸は動物だから相手の人間を下から見る。しかし、人間をまともには 見られないから、目をそらせている。狸の気分になって、言葉尻(ことばじり)、目の使い方、形、そういうものを化けたときと化けないときとで変えるように」とかあるそうですが、いずれにせよ、落語を覚えたまましゃべるのではなくて、なりきりというか、演じる者のこだわりが必要なのでしょう。

昔、うちの落研に、万年堂ほよよ君というのがおりました。彼の初ネタに、この噺を指定したところ、どうハマッテしまったものか、八五郎の家の戸をトントンとたたくものがあり、「誰だ」と聞くと「狸です」と答えるあたりから狸の台詞(せりふ)が、彼が話すとおかしくておかしくて、普段は 高座稽古で笑うなんてことは絶対ないんですが、このときばかりは、みんな吹き出してしまって…。そんな彼も、1年目の途中で退部してしまいました。続けていれば、もっと化けたでしょうか。そう、「化ける」とは落語界で、意外にお客が沢山(たくさん)来たことや急に芸がうまくなったことを言うそうです。で、化ける噺は縁起(えんぎ)が良いということで昔の芸人さんはよく演じたとか。
CDならNHK落語名人選47五代目柳家小さん(他に宿屋の富を収録)POCN-1087などでお楽しみ下さい。


噺・咄:

ともに落語にまつわる「はなし」というときに使う漢字。
「咄」のほうは「咄嗟(とっさ)」などでしか他にお目にかかることはないかも。
「噺」のほうは国字(漢字の構成法にならって日本で独自に創作した和製漢字)です。

むかしかたぎ
昔気質:

古くから伝わるものを守り通そうとする一本気(いっぽんぎ)な気風であること。

いっこくもの
一刻者:

頑固(がんこ)で自分を曲げない人。

しんらつ
辛辣:

表現や批評が手きびしいこと。


前座:

見習を終え、落語家としてのスタート地点。

 
二つ目:

師匠のもとから独立、高座で羽織を着ることが許される階級。


真打:

落語家として一人前と認められ、寄席でトリをとることができる最上級の格。


見られない:

昨今、動詞の可能形に「見れない」など「ら抜き言葉」なるものがあらわれ、文法的に破格であるので、「見られない」を國學院大学の文学部の学生なら用いたいところ。だが、意味伝達上の便宜(べんぎ)から許容する向きも出てきている。


高座稽古:

落研で、実際に高座(寄席での舞台のこと)で落語をやるつもりで部員に聞いてもらって批評を受ける稽古です。
やるほうも聞くほうも真剣で緊張します。厳い批評に泣き出す女子部員もおりました。

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たらちね

前座噺と呼ばれ、ひとつの長い文句を何度もくりかえすパターンのもの。
八つぁんなる者のところに大家さんが縁談をもってくる。ちょいとキズのある相手だと言う。なにかと思えば、言葉がていねい過ぎると。そんなことは構わないと八つぁんは大乗り気。
大家さんが、さっそく今晩連れてくるというので、待つ間、八つぁんは 七輪(しちりん)に火をおこしながら新婚生活の空想にふける~この件は、前座噺といってもなかなか力量のいるところか~
さて、お相手を連れてきた大家さんは 「仲人(なこうど)は宵(よい)の口」とかなんとか言って、通訳せねばならないことにならぬうちに、相手の名前も告げずに引き上げてしまう。弱った八つぁんが名前を尋ねると、
「自らことの姓名を問い給うか。そもそも我が父はもと京都の産にして、姓は安藤、名は慶三、 字(あざな)は五光、母は千代女と申せしが、母三十三歳の折、ある夜丹頂の鶴を夢見て わらわをはらめるがゆえ、 たらちねの胎内を 出(い)でしその時は、鶴女鶴女と申せしが、それは幼名、成長ののちこれを改め清女と申し 侍(はべ)るなり」
これを最初から最後まで一つの名前と思ってしまったから八つぁんは、さあ大変…

CDならポニーキャニオンの八代目春風亭柳枝名演集 1(他に元犬、山号寺号を収録)PCCG-00040などでお楽しみください。

七輪:

炭火をおこしたり、煮炊きをしたりするための簡便な土製のこんろ。《価が七厘ほどの炭で間に合うの意からとも》

仲人は宵の口:

仲人は、結婚式が済んで務めが終わったら、若夫婦のじゃまにならないうちに帰ったほうがよい。引き揚げ時を見計ることが必要なことをいう。

字:

成年男子が実名以外につけた別名。

わらわ:

女性がへりくだって自分を言う語。近世では、特に武家の女性が用いた。わたし。

たらちねの:

「母」「親」にかかる枕詞。「たらちねの母の胎内を…」とすれば据わりが良いか。また、これから派生して、男女の別を強調する意識から母を「たらちめ」というようになたことから、父の意にもなったと。

出(い)づ:

語頭の「い」が脱落した形が江戸時代に下一段活用化して、現代語の「でる」となったとか。〔学研 新・古語辞典 市古貞次編〕 「出雲」ってのは、“いづも”読めますね。

侍る:

高校の古文の学習でラ行変格活用の動詞は「あり」「をり」「はべり」「いますがり(いまそがり)」の四語のみ!なんて教わりませんでしたか。また、古語の丁寧語も「はべり」「さぶらふ」「さふらふ」の三種類しかないとか。…(て)おります。…(て)います。ちなみに「申す」は謙譲語。「言う」という動作の及ぶところの人を敬うわけで、相手の動作などに使われることはないのが謙譲語。だから「先日、社長が申されましたことは…」なんて謙譲語と尊敬語と丁寧語と三つもつかってあるんですが、謙譲語で×。「私が社長に申し上げる」のならいいんですが、社長の動作なら「先日、おっしゃったことは…」と尊敬語でね。補講~「申す」はサ行四段活用なので、過去の助動詞「き」に接続する場合、正しくは「申しし」。中世以降、特に近世になって「申せし」が用いられるようになり、明治期に文法上許容事項とされる。(中村幸弘國學院大學教授釈)

※サゲでつかわれる「恐惶謹言」と「よってくだんの如し」の対比は、今は手紙などをこういう言葉で結ぶこともほとんどなくなったので、わかりにくくなってしまいましたね。「恐惶謹言」は手紙の終わりに書く、最も丁寧なあいさつ語。《おそれつつしんで申し上げる意》「よってくだんの如し」は《そこで前記記載の通りである》という書状・証文などの最後に書き記す語句。

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短命

隠居さんのところへ、伊勢屋の旦那がまた死んだと八五郎がやって来た、これで三度目だと。どういうわけかというと、大旦那が亡くなって、 器量のいい一人娘に 入婿(いりむこ)を迎え安心したか、お 内儀(ないぎ)も間もなく亡くなったが、店のほうは番頭が一ッ手で引き受けてやってくれていて、夫婦仲むつまじかった。にもかかわらず、その婿をはじめ来る婿来る婿みんな早死にをしてしまったのだと。これを聞いた隠居さん、女房の器量がよすぎる、夫婦仲がよすぎる、亭主にひまがありすぎる、これを俗に“三過ぎる”といって、たいてい亭主は短命だと。さっぱりわからないという顔つきの八五郎に「その 当座昼も箪笥(たんす)の(かん)が鳴り」「何よりも側(そば)が毒だと医者がいい」「新婚は夜することも昼間する」とか川柳(せんりゅう)などを聞かせたり、「かりにお 給仕(きゅうじ)をしてもらって、茶碗を受け取るときに、指と指がこうさわるだろ?顔を見りゃァ、ふるいつきたいようないい女・・・短命だろ?」と投げかけ、やっと察しがついた様子。そこで家で自分の女房に嫌々ながらも給仕をさせてみた。「茶碗を受け取ると、ふッふッふッ、なァるほど、指と指がさわって、顔を見りゃァふるいつきたいような・・・」とサゲへ。 昭和50年代に聞いた三遊亭円楽の口演はクスグリも多く、それでいていやらしさが少しもない爆笑落語に仕立ててました。めんどくさそうに給仕する女房が手渡す前に茶碗を投げるんですが、「あ、あ、・・・おまえほうったな?・・・おらァ慣れてるから受けるんだぞォ。これが 田淵ならむこうィ行っちゃうんだぞおまえ。」ってクスグリなんざあ、時代を感じさせますが爆笑でした。いやほんと、立風書房刊『名人名演落語全集』第十巻にも速記が収められてるくらいですから。「がんばれタブチくん」(1980年には映画にもなった、いしいひさいち原作のものですが、これも時代を感じるか。)以前にもネタになっていたのね。 市販されているものではポニーキャニオン五代目柳家小さん名演集5(他に強情灸、粗忽長屋を収録)PCCG-00051などでお楽しみください。円楽が「長命」の演目で口演したキングレコード「江戸の後家さん」というCD(KICH-3127)があるようですが、どんなかな?

器量:

きれいかどうかの観点だけから見た、女性の顔立ち。/三省堂『新明解国語辞典』

入婿:

女性の家に迎えられて婿となること。/同上

内儀:

「商家の主婦」の意の老人語。/同上

当座:

その場。しばらくの間。だから、あれをしている間(注釈にならないって!?)

鐶:

〔たんすなどの〕輪の形の取っ手。

給仕:

食事の世話をすること。

田淵:

田淵幸一。1946年東京生まれ。捕手。1970年ドラフト1位で法政大から阪神に入り、球界を代表するホームランバッターに。1979年トレードで西武へ。阪神、西武を通じて背番号は22。1984年現役引退。

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長短

 ひどく気の長い少し甘い長さんという男と、 日本一気短かみたいな男その名も短七ッつあんという正反対の人物二人っきりの噺で、場所も短七ッつあんの家の一場面だけという設定。まあ、話としては二人のやりとりのギャップだけのたわいもないものですから、あらすじも紹介のしようがないのですが、(早い話が~、まあ~、その~、なんといいうか~長さんが短七ッつあんの家へ来て、悪気はないけど、とろくて、短七ッつあんを怒らせてしまう~とまあ、そんなような~って、ちっとも早かねえよ!)
とはいえ、お菓子を食べる仕草や、煙草の火のつけ方吸い方といった、長さんの仕草のいらいらしてくるくらいの間抜けな型など、見せ所は多く、さらにその間を補う相手を見つめる目線など微妙な表情の滑稽感など演出には細やかさがいるところです。修道院奪双いわく「長短の差を出すために長さんをゆっくりやろうと思うと単調になりがちだし、短七ッつあんをはやくやろうと意識しすぎると、長さんと短七ッつあんが仲良く見えなくなりがちなので、その辺りの微妙な調節が難しい」と。
CDならNHK落語名人選60三代目桂三木助(他に「ねずみ」を収録)POCN-1100等でお楽しみください。

日本:

「ニホン」と読むか「ニッポン」と読むかについいては難しいところ。
「日」は漢音ジツ、呉音「ニチ」で、ニチホンがニッポンに音変化し、発音のやわらかさを好むところからさらにニホンが生じたとする説も。ジパング・ジャパンなどはジツホンにもとずくとも。昭和九年に臨時国語調査会が国号呼称統一案としてニッポンを決議したが、政府採択には至っていない。
日本放送協会は昭和二十六年に、正式の国号としてはニッポン、その他の場合はニホンとしてもよいとした。日本銀行券や国際運動競技のユニホームのローマ字表記がNipponなのは、上記の事情による。
学研現代新国語辞典にも詳しいコラムあり。さすがは金田一先生の手になる辞書!いや名探偵じゃなくて、じっちゃんじゃない、父上は金田一京助先生。その京助先生がリズム感などは息子にはかなわないと言ったほどの音韻の大家、金田一春彦先生の手がけた辞書。

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つる

 「やかん」と同じ、いわゆる根問いもの。これは「鶴」の名前の由来にまつわる一席。 昔は鶴とは言わず、首長鳥(くびながどり)と言った、それがなんで鶴になったかというと、「昔、一人の老人が浜辺に立って、はるか沖合いをながめていると、唐土(もろこし)のほうから首長鳥の雄が一羽、ツーッと飛んで来て浜辺の松へポイととまった。あとから雌がルーッと飛んで来て、浜辺の松へポイととまった」それで鶴となったいう話を聞いた奴が、まねをして誰かに聞かせようとするんですが、失敗するという…CDなら「特選!! 米朝落語全集 第十六集(他に三枚起請を収録)」などでお楽しみください。
このCDの解説に「この“つる”という咄は落語のエッセンスやで。短い中に話術のほとんどすべてのテクニックが揃っている。説いて聞かせる、軽く流す、かぶせる、はずす、とまどう、運ぶ、強く押し出す、気を変える……など、それにサゲのバカバカしい面白さ、これがうまくやれたら大抵のネタはやれる。大ネタは作の力でかえってやりやすい。こんな軽いはなしがむつかしい」という言葉がありました。
この落語が初ネタの 桃家のり曰く「八っつあんが鶴の名前の由来の話を二度もまちがえる所がおもしろい。ただ、同じ話を繰り返して言うので単調になってしまう点が難しい」と。初ネタとしても申し分ないネタですよ。がんばって。


鶴:

語源については諸説あり定まらない。『万葉集』では鶴に「たづ」と「つる」の二つの呼び名があり、歌語として鳥のほうを指す場合には「たづ」を使った。一方、「相見つるかも(相見鶴鴨)」(1八一)のように助動詞「つる」を表すのに「鶴」をあてた。このように、散文や口頭語では使われない、和歌に特有な語がある。たとえば、散文でいう「かへる(蛙)」を和歌では「かはづ」と歌い、「ことば」を「ことのは」などとわざわざ言った。
和歌では、ある種の仏教語以外は漢語を使わない。また、敬語や音便形は少なく、係助詞「なむ」はきわめてまれにしか使われないなどもちょっと補足。(受験に役立つかな?)


桃家のり

三代目四季廼家葉月を襲名。

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出来心

落語には、失敗ばかりで笑わせてくれるドジな泥棒がたくさん登場します。
なにをやらせてもダメな子分を呼んで泥棒の親分が「今のうちに 足をあらって 堅気 (かたぎ)になっちまうか?」と問うと、「これから心を入れ替えて悪事に励みますから」と言うので、親分は空き巣の手口を教えてやる。そして、もしつかまったときには「まことにどうも申し訳ございません。長いこと失業いたしております。八つを頭に四人の子どもがございます。七十歳になる老婆が長の患い、薬ひとつのませることもできません。ホンの貧の盗みの 出来心でございます」と涙のひとつもこぼして哀れっぽくもちかけてみれば、「あゝ、出来心じゃしょうがねえ」ってんで、勘弁してくれて、うまくいきゃあ百円札の1枚もくれて逃がしてくれようって寸法だと。

ところが、運が悪いのか、間が抜けているだけなのか、ドジばかり。やっと留守の家を見つけたものの、あまりに貧乏でろくな物が置いてない。そこへ住人の八五郎が帰ってきたから、さあたいへん。泥棒あわてて縁の下に隠れた。八五郎は、これを口実に 店賃(たなちん) の払いを待ってもらおうと家主を呼び、あることないこと騒ぎ立てる。

落語の基本ともいうべき前座噺、しかしまた、真打ちがやるとそれなりの味が出るもんで、八五郎が盗まれたと称するものを口から出まかせに家主に報告するところがヤマ場となって、「裏は 花色木綿 」とくり返すクスグリを生かしたサゲで終わった場合(「どこから入った?」と聞かれた泥棒が、裏から入りました」「ここの裏をなんだと思っている」「裏は花色木綿」)を『花色木綿』と呼び、八五郎が「これも出来心でございます」と答えるサゲまでやった場合を『出来心』と呼ぶとも。切れ場も多いので、たびたび口演される泥棒噺の代表作です。

CDなら日本コロンビア「志らくのピン」(他に親子酒、不精床他を収録)COCA-14805など実に楽しめます。立川志らく曰く「泥棒と被害者と、主人公が二人いる落語です。二人のようにいい加減に生きられたら人生最高です。二人とも決して出来心でやった行為ではありません」(CD解説より)と。

余談ですが、落研で新歓後の時期に、もう花の季節ではないんですが、花見と称して大学の裏をずっと行って有栖川宮公園に出かけたもんです。と、ある時、 往復亭小敏太 果物盗んだ事件というのがありまして、公園に行ったら、持ってるんですよ。気が利いたものと感心して聞くと、途中の店から持ってきたって…そりゃあ泥棒じゃないか!…すると本人「いや、店先の手の届く所に置いてあったから」…馬鹿野郎ッ、置いてんじゃねえ、売ってんだよ。すぐ返して来い!って幹部に叱られてましたが、まあ寄合酒を地でいくような…ありゃぁ、出来心じゃぁないよなあ。

足をあらう:

①よくない仕事をきっぱりとやめる。②現在の職業をやめ(て出直しす)る。

堅気:

〔水商売・やくざなどと違って〕遊興・投機などをしたりしないで、地道な職業についていること。また、その職業。

出来心:

計画的ではなく、ついふらふらと起こった悪い考え。

店賃:

店の借り賃。家賃。

花色木綿(はないろもめん):

はなだ色(うすい藍色)に染めた木綿。多く裏地に使う。

往復亭小敏太(おうふくていこびんた):

第25代幹部。三代目三優亭おや馬。徳島出身で阿波踊りも得意とした。

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天狗裁き

熊さんの女房が、同じ長屋に住む人が百足(むかで)をまたいだ夢を見て、それから 客足がついたという話を聞いてきた。「お前さんも儲かるような夢でも見なさいよ」と、「寝れば見られるから」と強引に寝かす。まだ夢も見ないうちに、すぐに起こされた熊さん。「どんな夢を見たか言ってごらん」、「見ないものは言えない」で夫婦ゲンカに。近所の奴が仲に入るが、「女房に言えなくても俺には言えるだろう」、「見ないものは言えない」でまたケンカに。家主が仲に入ったが「大家さんだろうがお奉行(ぶぎょう)様だろうが見ないものは言えない」で、とうとう奉行所へ。「お奉行さんよりこわいのは 天狗様だ」と言ったもんだから、天狗に裁きをまかせると山へ連れて行かれて縛られる。そこへ天狗が出て来て、やっぱり「どんな夢か言え」と迫られる。熊さんも観念して、天狗から羽うちわをかり、身振りよろしくしゃべっているうちに空に舞い上がる。ほうぼうを飛んで降りた先は、たいそう立派な財産家の屋敷。いまひとりの娘が死ぬか生きるかの大騒ぎ。羽うちわの (神通)力でパ~ッと。さあ命の恩人ということで 祝言(しゅうげん)をあげ、とんとん拍子に熊さんは・・・とんとん拍子にサゲへ。 夢をあしらった落語はわりに多いが、天狗が出てくるのは落語では珍しい?まあ、ポニーキャニオン古今亭志ん生名演週十五(他に子別れ上・下を収録)PCCG-00292ほかでお楽しみください。

客足:

やってくる客の数。

天狗:

深山に住むという妖怪。山伏姿で、顔が赤くて鼻が高く、背に翼があったり、手には羽団扇・太刀・金剛杖を持つ。神通力があって、自由に飛行するという。

神通力:

(じんずうりき)。(じんつう)は新語系。超人的な能力のこと。

祝言:

「結婚式」のやや古風な称。

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天災

短気で喧嘩が好きで親孝行も糞食らえという八公が、ご隠居さんに紹介されて 心学の話を聞きに行くことに。その名も紅羅坊名丸(べにらぼうなまる)という先生が八公の心を静めようと諭(さと)してくれますが…
「気に入らぬ風もあろうに柳かな」「むっとして、帰れば角の柳かな」「人間も万事柳かな」(柳というのは、決して風に逆らわない。柳のように軟らかく、 心を持って、右に左に、逆らわず…)
「堪忍の、成る堪忍は誰もする。成らぬ堪忍、するが堪忍」「堪忍の袋を常に首に掛け、破れたら縫え、破れたら縫え」(腹が立つのを抑えるのが堪忍で…) などと言っても、いっこうに 埒があかない
そこで、 「相手を人間と思わないで、これをすべて天だと思う。早い話が、相手が お天道さまだと、睨みつけても眩しいばかり。天へ向かって唾をすれば己の顔へかかる。天の成す災(わざわ)い、 “天災”というように、何事も世の中の出来事は全て、天災だと思って諦(あきら)められませんか」と聞いて、妙に納得した八公は、さっそくこの聞いた話を誰かに聞かせようとマネをするんですが…
ちょうど長屋に帰ると大騒ぎ!なんでも新しい女を引っ張り込んだ熊公のところに先妻が出刃包丁持って飛び込んできたんだと!それを聞いた八公が熊公に紅羅坊先生よろしく意見しようという…弥志亭なごみ曰く「それまでの八を滅茶苦茶ガサツに演じておいて、真似をするところは急にしおらしくさせてギャップを出して笑いをとりたい。会話の掛け合いが面白いので、間を含めて リズムを大切にしてやるのを心がけたい」と、演出方法も考えてます。CDならポリドールNHK落語名人選19六代目春風亭柳橋(他に「大山詣り」を収録)POCN-1019などでお楽しみください。


心学:

江戸時代に、神道、儒教、仏教を総合し、やさしい説明と通俗なたとえで説いた道徳教育。

(らちがあかない)
埒があかない:

進展しない。語源の埒(らち)は周囲に仕切りとして設けた柵。
柵があかないから進めないんですね。

(おてんとうさま)
お天道さま:

太陽を敬い親しんでいう語。


天災:

自然現象によって起こる災害。


よろしく:

上の内容を受けて、いかにもそれらしく、の意を表す。

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どうかん
 道灌

元職人の八公が、横丁のご隠居の家に遊びにきた。出されたお茶を飲みながら、ご隠居の家にある書画についての由来などを聞く中に
~なんでも、 「治にいて乱を忘れず」足ならしのため 狩くらに出た 太田道灌 村雨に降られ、近くのあばら屋を訪れたときの様子だとか。中から出た 賤の女は盆の上に 山吹の枝を手折って差し出した絵だと~???
八公にわからないのも無理はない、道灌公にもおわかりがなかったところ、家来が 「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」という歌にかけてのお断りではと。道灌公は自分の 歌道の暗さを反省し、帰城していった…。
この話を聞いた八公、友達が雨具を借りにきたら、この手で追い返そうと思いつき、ご隠居に歌を書いてもらうんですが…。

前座噺の代表とされる、いわゆる根問い物の落語ですが、どうしてなかなか落語としての基本・内容は充分にあって、おろそかにはできない、味わいもあって私は好きな噺です。市販されているCDでは、コロンビアの三代目三遊亭金馬傑作集5(他に転宅、大師の杵を収録)COCF-13875などでお楽しみください。

治(ち)にいて乱を忘れず:

出典は『易経』。世の中が平和な時でも、世が乱れた時の場合を考えてその用意を忘れないようにする。

狩くら:

「狩競」などと書き、狩りで獲物を競うこと。「狩衣(かりぎぬ)」「水干(すいかん)」などに「行縢(ぬかばき)」を付け「綾藺笠(あやいがさ)」「騎射笠(きしゃがさ)」などをかぶり、弓矢を持った姿を狩装束(かりしょうぞく)という。

大田道灌(おおたどうかん):

室町中期の武将。初名持資(もちすけ)とか、道灌は入道名。左衛門大夫に任官。江戸城・川越城などの創設者。兵法に長じ、和漢の学問や和歌にもすぐれた。が、その才に恐れをいだいた上杉顕定の讒言にのった主君上杉定正に相模国糟屋( 神奈川県伊勢原市 )の定正の館にて謀殺された。>

村雨(むらさめ):

ひとしきり激しく降り、やんではまた降る雨。にわかあめ。

賤の女(しずのめ):

身分の低い女子。

山吹:

バラ科の落葉低木。晩春、黄色の五弁花を開き、実は暗褐色だが、八重咲きのものは実がならない。ここでは「実がない」を「蓑(みの)がない」を掛けて、雨具がないことを伝えたということ。

「七重八重(ななえやえ)花は…」:

『後拾遺集』に中務卿(なかつかさのきょう)兼明親王(かねあきらしんのう)の詠としてある。「だに」は多く下に打ち消しの語を伴って「…さえ」の意味。「ぞ」は係助詞、「悲しき」は係り結びの法則で「悲し」の連体形。

歌道(かどう)に暗い:

「歌道」は、和歌をつくる技術や作法。「暗い」は、その方面・分野のことについて知識が乏しいこと。

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道具屋

さて、今回は与太郎噺のご紹介といきますか。
おじさんの世話で与太郎が商売をして珍騒動になるという落語がいくつかありますが、今回は道具屋。
しかし並べた品物はどれもゴミといわれるものばかりで、なかなか売れない。首が抜ける(おまけに鼠に鼻をかじられ欠けてしまって梅毒のような)雛人形、火事場で拾ったノコギリ、はいてひょろっとよろけるとビリっと破けるような股引などなど。

その品物にちなんで、落ちの種類も多く、長くも短くもできる落語です。
鉄砲(こんなもんを売っているとは、おじさんはマフィアだったのか??)の値段を聞く関西風の客が 「この鉄砲はなんぼ?」与太郎「1本」以下「いや代を聞くのじゃ」「台は樫(かし)です」「わからんやつじゃ、鉄砲の金(かね)じゃ」「鉄です」「そうじゃない、値じゃ」「音(ね)は、ずどぉん」 というもの。
笛をひねくりまわしているうちに穴から指が抜けなくなった客に与太郎がうんと高く値をふっかけるので「おい足元をみるな」「いえ、手元を見てます」と落とすもの。「この小刀は先が切れないから負けろ」「いえ、先が切れなくとも元が切れます」など。

落語の代表的なキャラクターの与太郎ですが、ただ馬鹿として演じてもいけない、ちょっと難しい役でもあります。「与太郎の歯に衣を着せない性格の痛快さがウケているのかもしれない」という評論があるように、周囲に対する遠慮がない、状況判断がないというバカさなのでしょうか。愛すべき人物である与太郎がまきちらす笑いの多い落語です。

ちょっと思い出話をすると、東海大学の年忘れ落語会で学生最後の高座だったでしょうか、当時の頭下位亭切奴(とうかいていきりど)だった現春風亭昇太さんの道具屋を聞きました。表向きは大家をしているおじさんが世間に内緒でやっている商売の権利を譲ってやるともちかけられた与太郎が「誰も知らないと思っても、ちゃんとあたしが知ってらあ。悪いことはできねえもんだ」 「おい、変なこと言うなよ、なんだかおじさんが悪いことでもしてるような…」「おじさんの商売は頭に、どの字が付くだろう」「おお、よく知ってたな、どの字が付くさ」「ほうらやっぱり!ドイツ大使館だろ!」「バカか、おまえは…」(ふつうは「泥棒」と言うところ)とやって会場を大爆笑にしたのを今でも覚えてます。
CDなら小三治特選ライブ5(他に天災を収録)キングレコードKICH3177ほか、いくつかでお楽しみください。

梅毒:

代表的な性病。悪化すると、できものができたり[瘡(かさ)を掻(か)く]、鼻の軟骨などが崩れて、末期には脳障害などもひきおこす。

ももひき
股引:

脚にピッタリするズボン下。下着用と作業用がある。江戸末期から半纏(はんてん)・腹掛けとともに職人の常用着。

足元をみる:

相手の弱みにつけこむこと。

(もとがきれる)
元が切れる:

価格が原価より安くなること。与太郎は、おじさんから品物の原価が書いてある元帳(もとちょう)を渡されていて、   それより高く売れれば、おこづかいがもらえることになっていた。

(はにきぬをきせない)
歯に衣を着せない:

思ったままに率直に言うことの慣用句。

春風亭昇太:

三代目春風亭柳昇に入門、92年真打。若手新作派として最もパワフルな活動を展開。